LOGIN王都アルヴェーヌ――王国の政治と文化の中心であり、華やかな宮廷と広大な市街を抱く。春、セリウスとアランは、この都へと到着した。
石畳の大通りには商人や旅人が行き交い、街角には大道芸人や吟遊詩人の姿まである。領地では見たこともない光景に、セリウスは思わず馬車の窓から身を乗り出した。
(……ここが王都……。アラン様と共に学ぶ新しい日々が、ここから始まるんだ)
やがて馬車は、壮麗な学舎へと辿り着く。
騎士養成学校《ヴァルロワ学舎》。王国屈指の武門の誉れであり、貴族子弟と有力市民の若者が剣と学問を競い合う場所。白大理石で築かれた校舎は堂々たる威容を誇り、広大な練兵場や図書館を併設していた。その門をくぐるだけで、胸が高鳴る。入学初日、広間には全国の有力貴族や騎士の子弟が一堂に会していた。
セリウスは思わず周囲に気圧される。煌びやかな家紋を刺繍した制服を誇らしげに着こなす者たち。長剣を下げて自信に満ちた目を光らせる少年たち。「緊張してるか、セリウス?」
アランが優しい視線をセリウスに向けて笑った。彼は王都南方の大領地リヴィエール公爵領の嫡男。 金糸のような長髪を後ろで束ね、黒地に銀の縁取りが入った制服のマントを翻している。道行く村娘たちが一斉に振り向くほどの美貌だ。「緊張? してない。むしろ……むしろ、やっと剣を振るう場に立てるのが楽しみだ」
そう答えたが、誰が見ても緊張しているのが丸わかりだ。アランはセリウスの肩に手を置き、小声で囁き微笑む。
「私もだ」「ここに集うのは皆、将来の王国を背負う者ばかりだ」
式辞に立った教頭の言葉が、空気を一層引き締めた。セリウスは隣に立つアランの姿をちらりと見る。
彼は涼しい顔で広間を見渡し、緊張する素振りすらない。 (……やっぱりアラン様は堂々としていらっしゃる。私は……私も、負けていられない!)やがて新入生たちはそれぞれのクラスに振り分けられた。
セリウスとアランは幸いにも同じ組になったが、そこにはすでに個性豊かな面々が待ち受けていた。無口で大剣を背負う巨躯の少年。
快活に笑う赤毛の少年。 そして、僅かに異質な雰囲気を纏う黒髪の少年――。セリウスは息を呑む。
(……この人たちの中から、仲間を見つけるんだ。罠を見抜ける者、回復の術を操る者、魔術を使える者……。でも、誰が信頼できるかはこれから見極めなければ……!)入学式を終えた新入生たちは、それぞれの教室へと案内された。
セリウスとアランが配属されたのは一年A組。重厚な木扉を開けると、ざわめきと若者たちの熱気が押し寄せる。
皆、武を志す同世代。緊張と自負がないまぜになった視線が交錯する。「よし、それでは一人ずつ自己紹介をしよう」
担任を務める教官が厳しい声で言い渡した。最初に立ち上がったのは、筋骨逞しい大柄の少年だった。
「オルフェ・ダラン。辺境の砦を預かる父のもとで育った。得物は大剣。馬術もそこそこできる。――俺は将来、戦場で百人を率いる騎士になるつもりだ」 力強い声に、教室の空気がどよめいた。(ダラン辺境伯のご子息か? ……圧がすごい。前衛としては申し分ないけれど、仲間としてうまくやっていけるかな)
セリウスは思わず姿勢を正した。 オルフェ・ダラン。……一見脳筋のように見えるが実際はどうだろうか。次に立ったのは、赤毛で活発そうな少年。
「リディア・マルセル。山間の小領地の出身。小柄だけど、馬上での弓と短槍なら負けない。斥候や伝令の役目なら、きっと誰より速くこなせるよ!」 明るい声に、教室の空気が一気に和らぐ。(どうやら、平民出身のようだが、まだ確定はできないな。でも、弓と馬術……。斥候役にうってつけだ。こういう人がいてくれたら、ダンジョンの中でもきっと助けになるはず)
三人目に立ったのは、細身の少年。背筋はすらりと伸び、無駄のない所作に気品が漂う。
「レオン・フィオリ。王都出身。家は武官の家系だ。得意なのは槍。趣味は魔法、正々堂々とした試合と訓練を望む」 簡潔な言葉だが、その眼差しは研ぎ澄まされている。(武官の家系で……槍術。大柄なオルフェとはまた違う、正統派の武人って感じなのに、趣味が魔法? 魔法が使えるなら貴重な存在だな)
次にアランの番が来た。
「リヴィエール公爵家の嫡子、アラン・リヴィエールだ。剣と馬術を学び、皆と共に励むつもりだ。どうぞよろしく」凛とした声が訓練場に響く。まだ年若いながらも背筋を伸ばしたその姿には、幼さよりも気品が先に立っていた。
簡潔な挨拶であったにもかかわらず、言葉の端々に自信と誠実さがにじむ。一瞬の静寂のあと、自然と拍手が起こった。
「さすが公爵家の御曹司だな……」 「落ち着いてるなあ。堂々としてる」 ざわめきとともに、好意的な囁きがあちこちで漏れる。セリウスはその姿を横目で見つめながら、胸の奥が不思議と熱くなるのを感じた。
(やっぱり、アラン様は……みんなを惹きつける方なんだ。私も――負けていられない)アランは集まった少年たち一人ひとりの顔を見渡し、最後ににこりと笑った。
「共に切磋琢磨しよう」その言葉に、さらに大きな拍手と歓声が広がった。
アランに続いて、セリウスの番が巡ってくる。
胸の奥がどくん、と大きく跳ねた。視線を集めるこの場で、自分の正体を隠し通さねばならない。「セリウス・グレイヴ。リヴィエール公爵家に仕える、小さな騎士爵家の嫡子です」
声がわずかに震えそうになるのを押し殺し、低めの声色を意識して言葉を継ぐ。
「……得意とは言えませんが、剣を修めています。将来は、アラン様を守れる立派な騎士になりたいと思っています」
それは偽らざる本心。だが、同時に「男」としての立場を貫くための精一杯の言葉でもあった。
言い終えた瞬間、会場に小さなざわめきが広がる。歳の割にきちんとした受け答えをしたことへの好意的なものか、あるいは細身で華奢な体つきを怪訝に思う視線か――。
セリウスは背筋をぴんと伸ばし、ただ前を見据えて耐えた。隣のアランが、静かに、けれど確かに頷いてくれる。
その仕草ひとつに、胸の奥の強張りがふっと解け、思わず唇が熱くなるのを感じた。(……大丈夫。私が女だと知られてはいない。これからも、アラン様の隣に立つために……)
そう固く誓いながら、セリウスは深く息をついた。
翌日。朝露に濡れた練兵場に、一年A組の生徒たちが集められていた。 石畳の上に立ち並ぶ木人形、槍や剣を収めた武具庫、そして砂の舞い上がる模擬戦用の円形広場。 教官グランツが厳しい声で告げる。 「本日よりお前たちは騎士としての修練を積む! まずは互いの力量を知るための模擬戦だ。怪我を恐れるな。命を落とさなければそれでいい!」 ざわり、と空気が張り詰めた。 最初に円形広場へ進み出たのは、背の高い少年だった。 分厚い肩と胸板、陽に焼けた肌に大剣を背負う姿は、すでに若き兵士のようだ。「オルフェ・ダラン」 ダラン辺境伯家の次男だ。その声は低く響き、揺るぎない自信に満ちていた。 「俺は将来、百人を率いる騎士になるつもりだ。だからここでも、力で皆を圧倒する」 宣言どおり、模擬戦では大剣を片手で振るい、相手の剣を力ずくで弾き飛ばした。 「おお……!」とざわめきが起こる。 豪放な笑みを浮かべる姿は、すでに「隊の先頭に立つ男」の風格を漂わせていた。 続いて、赤毛の少年が軽やかに駆け出す。「リディア・マルセル!」 弓と槍が得意な山の領地から来た赤毛の少年は 誰より速く走ってみせた。 声は明るく、どこか人懐こい。 短槍を手にひょいと跳ねると、相手の肩口を軽く突き、次の瞬間には背後へ回り込む。 その機敏な動きに観客から笑い混じりの感嘆が漏れる。「平民出のくせに」と囁く声もあったが、本人は気にも留めず、胸を張ってにかっと笑った。 「俺、小さいけど負けないからな!」 三人目は、王都の武官の家の出で、黒髪の細身の少年。 背筋は真っすぐに伸び、無駄のない所作で槍を構える。 「レオン・フィオリ」 静かな口調だが、堂々とした響きがある。 彼は、槍を通じて、己を磨きた思っているいる。 槍先が揺らめき、次の瞬間、彼は寸分の狂いもなく相手の急所を突いた。 その動作はまるで舞のように洗練されており、ただの槍術ではなく「美しさ」さえ感じさせた
初めての授業(ホームルーム)を終え、セリウスたちは学舎の男子寮へ向かった。騎士養成学校《ヴァルロワ学舎》は全寮制である。 石造りの廊下には、荷物を抱えて右往左往する新入生や、容赦なく声を張り上げる上級生たちの姿があった。 窓の外には練兵場が広がり、槍を振るう上級生たちの掛け声と、陽光をはじく金属音が爽快に響いている。 セリウスは自室に荷物を運び入れ、ふと息を整えたそのとき――背後から、不意に声をかけられた。「初めまして。お隣さん」 振り向いた瞬間、息を呑む。 そこに立っていたのは、長い黒髪を背に流し、宝石のように澄んだ蒼の瞳と白磁の肌を持つ“絶世の美女”だった。 (……は? 男子寮に女?) 一瞬そう思ったが、声にはわずかに低音が混じっている。 年齢は同じくらいに見える。寮母にしては若すぎるし。……ドレス姿でここにいるってことは? 「……あの、あなたは?」「自己紹介が先ね。フィオナ・ド・ヴェルメール。一年生よ。お見知りおきを」 彼――いや、彼女?――は優雅にスカートの裾を摘み、舞踏会さながらのカーテシーをしてみせた。その仕草は女王に謁見する淑女のように完璧で、しかも自然。 視線がセリウスを上から下までさらりと流れ、値踏みするように止まる。その口元に、意味深な笑みが浮かんだ。 (男子校の生徒ということは……やっぱり男? いや、女にしか見えないけど……それにしても美形すぎる! なんで男子寮に、こんなのが……。私、女なのに、完全に負けてるんだけど!) セリウスは心の中で頭を抱えつつも、表情には出さずに一歩前へ。 胸に手を当て、努めて落ち着いた声で名乗った。「セリウス・グレイヴです。初めまして。これからよろしくお願いします」 声がわずかに裏返りそうになるのを、必死に押し殺す。「あなた、随分と整った顔立ちね。しかも……肩幅が私より狭いわ。ふふ、もし私みたいに女装したら――間違いなく見惚れるほどの美人になるでしょうね」 心臓が跳ね上がる。 (なっ……!? 一
ここはレーヴァンティア王国。 豊かな麦畑とワインの産地で知られるが、近年は北方のガルド帝国との国境で緊張が高まっている。 そのため、王都アルヴェーヌでは若き騎士候補の育成にかつてない熱が注がれていた。 王都アルヴェーヌ――王国の政治と文化の中心であり、華やかな宮廷と広大な市街を抱く。春、セリウスとアランは、この都へと到着した。 石畳の大通りには商人や旅人が行き交い、街角には大道芸人や吟遊詩人の姿まである。領地では見たこともない光景に、セリウスは思わず馬車の窓から身を乗り出した。(……ここが王都……。アラン様と共に学ぶ新しい日々が、ここから始まるんだ) やがて馬車は、壮麗な学舎へと辿り着く。 騎士養成学校《ヴァルロワ学舎》。王国屈指の武門の誉れであり、貴族子弟と有力市民の若者が剣と学問を競い合う場所。白大理石で築かれた校舎は堂々たる威容を誇り、広大な練兵場や図書館を併設していた。その門をくぐるだけで、胸が高鳴る。 入学初日、広間には全国の有力貴族や騎士の子弟が一堂に会していた。 セリウスは思わず周囲に気圧される。煌びやかな家紋を刺繍した制服を誇らしげに着こなす者たち。長剣を下げて自信に満ちた目を光らせる少年たち。「緊張してるか、セリウス?」 アランが優しい視線をセリウスに向けて笑った。彼は王都南方の大領地リヴィエール公爵領の嫡男。 金糸のような長髪を後ろで束ね、黒地に銀の縁取りが入った制服のマントを翻している。道行く村娘たちが一斉に振り向くほどの美貌だ。「緊張? してない。むしろ……むしろ、やっと剣を振るう場に立てるのが楽しみだ」 そう答えたが、誰が見ても緊張しているのが丸わかりだ。 アランはセリウスの肩に手を置き、小声で囁き微笑む。 「私もだ」「ここに集うのは皆、将来の王国を背負う者ばかりだ」 式辞に立った教頭の言葉が、空気を一層引き締めた。 セリウスは隣に立つアランの姿をちらりと見る。 彼は涼しい顔で広間を見渡し、緊張する素振りすらない。 (……やっぱりアラン様は堂々としていらっしゃる。私は……私も、負けていられない!) やがて新入生たちはそれぞれのクラスに振り分けられた。 セリウスとアランは幸いにも同じ組になったが、そこにはすでに個性豊かな面々が待ち受けていた。 無口で大剣を背負う巨躯
レーヴァンティア王国グレイヴ騎士爵領。「セリウス! 準備はできたか?」「はい。お父様。準備はできております」「お父様ではない。お前は、立派な騎士爵家の跡取りとしての作法を身につけよ! これからは、父上と呼ぶように」「はい! 父上!」「よろしい!」 『セリーナ・フォン・グレイヴ』―「セリウス」と呼ばれたこの少女の本名である。彼女は、グレイヴ騎士爵家の一人娘で、幼児期は魔除けのため男児の服装で、その後は、爵位存続のため、男として育てられていた。 八歳となりグレイヴ騎士爵家が仕える王都南方の大領主・リヴィエール公爵家に、父に連れられ、グレイヴ騎士爵家の跡取りとして公爵様に初めての挨拶に伺う所である。「セリウス! 決して女であることを悟られてはいかんぞ。騎士爵家の位は男でなければ継げんのだ。跡継ぎに男子がいないとわかればグレイヴ家は断絶なんだ」「分かっております。父上」 *** レーヴァンティア王国王都南方に広がるリヴィエール公爵領。その館の正門をくぐると、広大な石畳の中庭に噴水があり、白亜の館が陽光を受けて輝いていた。幼いセリウス――いや、セリーナは、その威容に息を呑んだ。「気を抜くな、セリウス」 父の低い声に背を押され、彼女はぎこちなく胸を張る。 やがて、館の大扉が開かれる。 現れたのは、セリウスと同じくらいの背格好の少年。深い蒼の瞳に長い睫毛、陽光を浴びて金色に煌めく髪――その姿はまるで絵画から抜け出した美少年だった。「グレイヴ騎士爵殿、よくぞお越しくださいました」 柔らかな声で礼を述べるその少年こそ、リヴィエール公爵家の嫡男、アラン・リヴィエール 八歳である。「おお、アラン様。ご健勝そうでなにより」 父が膝を折り、恭しく頭を垂れる。セリウスも慌てて倣い、膝をついて小さく礼をした。 だがアランは近寄ると、屈んでセリウスを覗き込んだ。蒼い瞳が、幼き「少年(女)」を射抜く。「君が、セリウス殿か。グレイヴ騎士爵家の跡取りだと伺っている」「は、はい! アラン様!」 声が少し裏返り、慌てて咳払いをする。 アランはふっと微笑んだ。「……緊張しているの? 大丈夫だよ。僕も最初に父の隣で挨拶をしたときは、手が震えて仕方がなかった」 その微笑は、幼いながらも気