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第1話  男装の令嬢、騎士養成学校へ

Penulis: 米糠
last update Terakhir Diperbarui: 2025-12-17 05:27:59

 ここはレーヴァンティア王国。

 豊かな麦畑とワインの産地で知られるが、近年は北方のガルド帝国との国境で緊張が高まっている。

 そのため、王都アルヴェーヌでは若き騎士候補の育成にかつてない熱が注がれていた。

 王都アルヴェーヌ――王国の政治と文化の中心であり、華やかな宮廷と広大な市街を抱く。春、セリウスとアランは、この都へと到着した。

 石畳の大通りには商人や旅人が行き交い、街角には大道芸人や吟遊詩人の姿まである。領地では見たこともない光景に、セリウスは思わず馬車の窓から身を乗り出した。

(……ここが王都……。アラン様と共に学ぶ新しい日々が、ここから始まるんだ)

 やがて馬車は、壮麗な学舎へと辿り着く。

 騎士養成学校《ヴァルロワ学舎》。王国屈指の武門の誉れであり、貴族子弟と有力市民の若者が剣と学問を競い合う場所。白大理石で築かれた校舎は堂々たる威容を誇り、広大な練兵場や図書館を併設していた。その門をくぐるだけで、胸が高鳴る。

 入学初日、広間には全国の有力貴族や騎士の子弟が一堂に会していた。

 セリウスは思わず周囲に気圧される。煌びやかな家紋を刺繍した制服を誇らしげに着こなす者たち。長剣を下げて自信に満ちた目を光らせる少年たち。

「緊張してるか、セリウス?」

 アランが優しい視線をセリウスに向けて笑った。彼は王都南方の大領地リヴィエール公爵領の嫡男。

 金糸のような長髪を後ろで束ね、黒地に銀の縁取りが入った制服のマントを翻している。道行く村娘たちが一斉に振り向くほどの美貌だ。

「緊張? してない。むしろ……むしろ、やっと剣を振るう場に立てるのが楽しみだ」

 そう答えたが、誰が見ても緊張しているのが丸わかりだ。

 アランはセリウスの肩に手を置き、小声で囁き微笑む。

「私もだ」

「ここに集うのは皆、将来の王国を背負う者ばかりだ」

 式辞に立った教頭の言葉が、空気を一層引き締めた。

 セリウスは隣に立つアランの姿をちらりと見る。

 彼は涼しい顔で広間を見渡し、緊張する素振りすらない。

(……やっぱりアラン様は堂々としていらっしゃる。私は……私も、負けていられない!)

 やがて新入生たちはそれぞれのクラスに振り分けられた。

 セリウスとアランは幸いにも同じ組になったが、そこにはすでに個性豊かな面々が待ち受けていた。

 無口で大剣を背負う巨躯の少年。

 快活に笑う赤毛の少年。

 そして、僅かに異質な雰囲気を纏う黒髪の少年――。

 セリウスは息を呑む。

(……この人たちの中から、仲間を見つけるんだ。罠を見抜ける者、回復の術を操る者、魔術を使える者……。でも、誰が信頼できるかはこれから見極めなければ……!)

 入学式を終えた新入生たちは、それぞれの教室へと案内された。

 セリウスとアランが配属されたのは一年A組。

 重厚な木扉を開けると、ざわめきと若者たちの熱気が押し寄せる。

 皆、武を志す同世代。緊張と自負がないまぜになった視線が交錯する。

「よし、それでは一人ずつ自己紹介をしよう」

 担任を務める教官が厳しい声で言い渡した。

 最初に立ち上がったのは、筋骨逞しい大柄の少年だった。

「オルフェ・ダラン。辺境の砦を預かる父のもとで育った。得物は大剣。馬術もそこそこできる。――俺は将来、戦場で百人を率いる騎士になるつもりだ」

 力強い声に、教室の空気がどよめいた。

(ダラン辺境伯のご子息か? ……圧がすごい。前衛としては申し分ないけれど、仲間としてうまくやっていけるかな)

 セリウスは思わず姿勢を正した。

 オルフェ・ダラン。……一見脳筋のように見えるが実際はどうだろうか。

 次に立ったのは、赤毛で活発そうな少年。

「リディア・マルセル。山間の小領地の出身。小柄だけど、馬上での弓と短槍なら負けない。斥候や伝令の役目なら、きっと誰より速くこなせるよ!」

 明るい声に、教室の空気が一気に和らぐ。

(どうやら、平民出身のようだが、まだ確定はできないな。でも、弓と馬術……。斥候役にうってつけだ。こういう人がいてくれたら、ダンジョンの中でもきっと助けになるはず)

 三人目に立ったのは、細身の少年。背筋はすらりと伸び、無駄のない所作に気品が漂う。

「レオン・フィオリ。王都出身。家は武官の家系だ。得意なのは槍。趣味は魔法、正々堂々とした試合と訓練を望む」

 簡潔な言葉だが、その眼差しは研ぎ澄まされている。

(武官の家系で……槍術。大柄なオルフェとはまた違う、正統派の武人って感じなのに、趣味が魔法? 魔法が使えるなら貴重な存在だな)

 次にアランの番が来た。

「リヴィエール公爵家の嫡子、アラン・リヴィエールだ。剣と馬術を学び、皆と共に励むつもりだ。どうぞよろしく」

 凛とした声が訓練場に響く。まだ年若いながらも背筋を伸ばしたその姿には、幼さよりも気品が先に立っていた。

 簡潔な挨拶であったにもかかわらず、言葉の端々に自信と誠実さがにじむ。

 一瞬の静寂のあと、自然と拍手が起こった。

「さすが公爵家の御曹司だな……」

「落ち着いてるなあ。堂々としてる」

 ざわめきとともに、好意的な囁きがあちこちで漏れる。

 セリウスはその姿を横目で見つめながら、胸の奥が不思議と熱くなるのを感じた。

(やっぱり、アラン様は……みんなを惹きつける方なんだ。私も――負けていられない)

 アランは集まった少年たち一人ひとりの顔を見渡し、最後ににこりと笑った。

「共に切磋琢磨しよう」

 その言葉に、さらに大きな拍手と歓声が広がった。

 アランに続いて、セリウスの番が巡ってくる。

 胸の奥がどくん、と大きく跳ねた。視線を集めるこの場で、自分の正体を隠し通さねばならない。

「セリウス・グレイヴ。リヴィエール公爵家に仕える、小さな騎士爵家の嫡子です」

 声がわずかに震えそうになるのを押し殺し、低めの声色を意識して言葉を継ぐ。

「……得意とは言えませんが、剣を修めています。将来は、アラン様を守れる立派な騎士になりたいと思っています」

 それは偽らざる本心。だが、同時に「男」としての立場を貫くための精一杯の言葉でもあった。

 言い終えた瞬間、会場に小さなざわめきが広がる。歳の割にきちんとした受け答えをしたことへの好意的なものか、あるいは細身で華奢な体つきを怪訝に思う視線か――。

 セリウスは背筋をぴんと伸ばし、ただ前を見据えて耐えた。

 隣のアランが、静かに、けれど確かに頷いてくれる。

 その仕草ひとつに、胸の奥の強張りがふっと解け、思わず唇が熱くなるのを感じた。

(……大丈夫。私が女だと知られてはいない。これからも、アラン様の隣に立つために……)

 そう固く誓いながら、セリウスは深く息をついた。

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